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目 次 ]      月刊・お好み書き 1997年5月1日号



  働く人の生きざまに迫る(7)
  

地域で闘う大工さん

   忘れた頃に復活する不定期コーナーです。
   今回取り上げるのは神戸市灘区の大工さん
   岩野廣治郎さん(49)です。(大西 純)


復興建設センター

 4月も末、ポカポカ陽気の土曜の午後。
 「今日でここの現場も終わりで、来週からは、また儲からん仕事ですわ。まあ正確に言うたら儲けたらあかん仕事です。僕の息子が以前通っていた学童保育所が立ち退きになりましてね。新しい所を買い取ったんやけど、そこは古家でねえ。保育所として使えるように修繕するんですわ」
 学童保育所? 立ち退き? 聞き捨てならない言葉だが、その話はあとからしましょう。
 岩野さんは街の大工さん。キャリアは35年以上。徹底して地域、特に灘区、東灘区の人のためを目指している。震災を機に「復興建設センター」(略称FKC)という組織を仲間の大工さんらと作り、大手の建設会社からの仕事はやめてしまった。
 「震災のあと3日くらいしてね、ああこれで仕事が増えるていう、妙な喜びが不謹慎やけどありましたね。実際、ビニールシート張りとか、なんぼでもやることはあるわけですよ。ところが、灘区の人がビニールシート張りを頼むのは地元の大工さんなんです。65歳以上の、もう引退した大工さんなんかにビニールシート張りをせがむわけです。直してくれる言うまで帰さへんとか言うてね。それやのに、僕らのような大手の建設会社の関係の者は灘区とは関係ない仕事で忙しいんですね。自分らのやってきた仕事って、いったい何やったんかなと考えてしまいました」

施主と向き合う

 FKCは灘区の民主商工会(民商=共産党とつながりが深い自営業者の集まり)会員の建設業者が、地元の復興を掲げて集まった共同事業組織だ。震災の年、95年4月に発足300件以上の建築相談と数多くの受注に成功してきた。メンバーは4人。いずれも岩野さんのように、大手建設会社の下請けの仕事をやってきた小規模建設業者だ。被災者の住宅再建のために、特に全壊・全焼の人のために、とにかく安くということを目指している。「だから儲からない。火の車ですわ。もう意地でやってますから」と言いながら岩野さんは続けた。
 「施主の要求に向き合ういうことが基本です。例えば坪あたりでいうたら60万円いうのが普通の線でしょうけど、40万円でもやろうと思えばできるし逆に80万円かけても無理なものもありますよね。ここからが話し合いなわけですよ。今だったら、とりあえず元の場所に10年住める家がほしいというお年寄りもいますよね。10年でいいのなら、それなりの造りがありますから。大手におった頃は施主との関係なんてなかったですね。職人が施主とトラブルでも起こしたらメーカーは飛んできます。だから無用のトラブルを避けるために、職人は施主とあまり交わらないでメーカーの方ばっかり向いてるわけです。大手のやり方には、職人を労働者にしてしまう構造がありますね。そこには職人としての誇りなんて全然ないと思いますね。自分らは昔の施主と職人の関係のように、体面して話し合って決めようということです」
 もっとも、腰を据えて向き合って決めていかないことには、とても家の再建なんてできない状況が、今の神戸にはある。被災者への公的支援がなされていない現実…。全壊世帯の40パーセントは自宅を再建したというが、仮設住宅からは、いまだ40パーセントの世帯が脱出できていないという数字をどこかで聞いた。被災者の間で格差がどんどん広がっていっている。そんなわけで、FKCにくる相談も難しいものが多い。「450万円しか予算がないがなんとか新築してほしい」であるとか、家の再建のために借金が必要なのだが、なかなか貸してくれない、そこで「FKCに借りれるようかけあってほしい」だとか、地震で移動した隣との境界線をどう設定し直すかとか、見積りをした所全壊判定なのに修繕で済みそうだ、そんな時は建築確認申請を出し直さないといけない…などなど投げ出したくなるような話ばかりである。建築確認申請など、大手ならパックになっていることもFKCは手づくりで行っている。

現場にて 岩野廣治郎さん    


 手づくりといえば、工事も少数精鋭といえば聞こえはいいが、岩野さんは本人、息子を含めて4人で、すべての作業をやっている。
 「見習いの頃に、基礎工事から瓦ふきまで、ひととおり勉強させられたのが、今役立てます」と岩野さん。それでも専門外で、わからないこともある。僕が現場に行った時はガレージにアコーディオン式の扉を付ける所だったが、どう説明書を読んでもうまくいかない。結局、週明けにメーカーに問い合わせるという一幕もあった。「こんなもん専門の業者に頼んだら一発やけどね、まあ効率悪いわ」と言う。
 しかし、おかげで安く済んでいる。大手が手がけると、これらの工事は専門の業者がはいるか、工場で組み立ててから運ばれることになる。当然高くつく。にもかかわらず安く済まそうと思えば、どこかにツケが回る。手抜き工事になるか、建材が悪いものになるか、下請け業者・職人への払いを切り詰めるかということになってしまうのである。

理想と現実…

 震災から2年4ヵ月、岩野さんたちは今、理想と現実のギャップに苦しんでいる。まず、新築の件数が減っている点。「全壊になった人に建ててほしいんですがね」と岩野さん。自力で立ち直りができる人はすでに家の再建も終えているというのが現実のようだ。そして重くのしかかる借金。
 FKCのメンバーが契約していた業者が、金だけもらってトンズラしてしまったのだ。数千万円単位の話である。家を一件建てるには、実に様々な業者が関係している。部品ひとつで別の業者ということもある。それらを、順繰りにうまく回転させて支払いを済ませていかなければならない。間にトンズラするような業者が出て来れば、たちまち自転車操業は行き詰まる。扱ってる額が大きいだけにリスクの大きい商売なのである。
 「大工としては経験長いけど、工務店経営はシロウトやからねえ。ドンブリ勘定でやってまうんですわ。それでも職人の賃金を抑えることはやりたくないし…」と岩野さん。
「ゼネコンには負けるかい!と思ってやってきたけど、それも、しおれかかってますな」と言う。
 だが、もう後には引けないとも言う。
 「だいたい民商に駆け込んで来る時いうのんは、文句がある時がほとんどなんですね。うまいこといって当り前いうのがあるんです。まあ、せやけどたまに民商さんのおかげで家が建ちましたなんて言うてもろうたら、損してでもやらなあかんと思います」。


もうひとつの顔

 岩野さんが今、手がけている現場は「高羽学童保育所」だ。学童保育所というのは、両親が働いているなどで家にいない家庭の児童を預かる保育所である。高羽学童保育所は市の住宅局が持っている空き家を借りていたのだが、今回そこが立ち退きになってしまった。隣接する市営住宅の駐車場をつくるというのが名目らしいが、立ち退き後すぐ駐車場ができる予定はなく、実質追い出しだという。出ていかないと補助金200万円がおりないそうだ。
 岩野さんは、下の息子が、ここの学童保育所OBで、以来協力者として保育所にかかわっている。保育所には3人職員がいるが女性ばかり。指導員の宮崎寿美さん(48)は「頼っていてはダメですが、高学年キャンプや、神戸から城崎まで約170キロを歩く遠足に、岩野さんの力は不可欠ですね」と言う。児童にもなぜか「トオルちゃん」と呼ばれて親しまれている岩野さん。立ち退き反対の運動にも加わったという。
 「保育所もね今度は土地付きの古家を買うたんです。まあ、それを保育所として使えるようにする仕事です。もうけたらアカンのです。しんどい仕事ばっかりですわ」と言いながら「トオルちゃん」の目は、とても嬉しそうに見えた。


「高羽学童保育所」の面々。右奥が宮崎寿美さん


大西 純
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