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目 次 ]      月刊・お好み書き 1997年5月1日号



   
お好み書き経済講座
円が消える日

   

 海外旅行に行った経験のある人ならわかるでしょうが、旅先から持ち帰ったドルやマルクなどの外貨、どうしていますか?高額なら銀行で両替し円に交換するでしょう(もっとも、手数料はとられますが)。でも、数ドル単位の少額ならそのまま記念に持っているのが普通ではないでしょうか。それとも、友人同士で両替してしまいますか? そのドルなどの外貨、これらが円と同じように日本国内で使えるとしたらどうでしょう。
 銀行でしかできなかった両替が、ローソンやセブンイレブンなどのコンビニでできるとしたら…。いままで当たり前のように円で支払っていた喫茶店のコーヒー代やデパートでの買い物代金をドルで支払うとしたら、私たちの生活は一体どんな影響があるのでしょうか。これは夢物語でもなんでもなく、じつは来年4月から本当にそうなるのです。
(取材・文/庄村有治)


 外為法−。正式には「外国為替及び外国貿易管理法」といいますが、この法律の大幅な改正案が今年3月、閣議決定を経て国会に提出されました(現在審議中)。会期末は6月中旬ですが、そこでたぶん成立し、来年四月から新しい外為法が施行される見通しとなりました。

 「ふ〜ん、そうなの。でも関係ないわ」といわないでください。これがどれだけインパクトのある問題か、それを説明するのが本記事の趣旨なのです。




★外為法とは

 外国為替及び外国貿易管理法−。いわゆる外為法は昭和24年12月、当時の国内・貿易事情を反映して、すべての対外取引を原則禁止か制限する目的で制定された法律です。戦争により疲弊した国内経済を自立・発展させるためには、円を海外へ流出させず、企業の設備投資などに回す必要がありました。貿易を自由に許せば優秀な海外製品がドッと国内に流れ、その結果、逆に円が外部に出ていってしまう。輸出しようにも企業にそんな力はありません。いまの家電や自動車のように、国際競争に打ち勝つだけの優秀な製品もなく、海外製品ばかりが市場に出回り、国内製品は見向きもされなくなりますし、そこには自立した経済などあり得なくなります。

 まぁ、一種の通貨鎖国政策が行われていたわけですが、当時の事情からみて、これは仕方のなかったことなのです。また、円の外部流出を防ぐということでは、貿易だけでなく海外旅行にも厳しい制限がありました。
 かつて、海外への旅行は現在のように誰にでも行けるものではなかったのですが、出かけるにしても円の持ち出しには厳しい制限があり、渡航者は現地での金の工面に四苦八苦したといいます。
 その後、外為法も一部改正され、現在のように外国貿易などの取引が一応は自由になりましたが、実際には事前に許可を受けたり届け出が必要だったりととても完全な自由とはいえない状況にあります。たとえば、円の海外送金にも一定額以上は大蔵省の許可が必要ですし、円を外貨に両替するにしても大蔵省から認可を受けた銀行(外国為替公認銀行)やホテルでしかできません(ちなみに、友人同士で使い残したドルなどの外貨を売買すると、3年以下の懲役、または300万円以下の罰金刑になります)。

 そこで、今回の外為法改正ですが、一体全体、何がどう変わるのでしょうか。


★ドルショップの登場

 ここに大蔵省国際金融局が作成し、法案通過の根回しのために政治家へ配ったといわれるB5判七ページの資料があります。「外国為替管理制度の抜本的見直しについて」と題されたこのペーパーには、外為法改正に至るまでの経緯などが記されていますが、目を引くのが「外為法改正の分かりやすい具体例」という項目。私が説明するより、これを引用した方がはるかに理解しやすく、説得力もあるでしょう。なにせ、"お上のお達し"なのですから。
 以下、資料からの抜粋です。

●企業や個人がニューヨークの銀行の支店に自由に預金口座を開設し、ドル預金や円預金を自由に持つことができる。その口座を通じて、企業が海外での取引の決済を行ったり、個人が通信販売の代金を支払ったりすることもできるようになる(一定額以上については、事後報告が必要。原則、以下同じ)。
●海外から直接資金を借りたり、また貸付けたりすることが自由にできるようになる。
●国内の企業間のドル建て決済が自由に行える。例えば、鉄鉱石を輸入した商社が、その代金をドルでメーカーからもらい、そのまま別の輸入取引の決済に回すことができる。
●海外出張で持ちかえったドルを自由に交換可能。
●ドルショップも開設できる。1ドルショップのディスカウント店や1ドルコーヒーハウス、10ドルステーキハウスや1ドリンク5ドルバーも可能。日本人もドルを使って買物ができる。(中略)
●誰でも自由に両替業務ができる。このため、銀行に行かなくとも一般商店の店頭で円とドル交換やトラベラーズチェック(T/C)の購入ができるようになる。街のあちこちに両替商ができ、競争が広がれば両替手数料の低下にもつながる。(以下、省略)

大蔵省の資料には、改正後の具体例が記されている

 以上ですが、私たちにとって一番大きな変化は、やはりドルなどの外貨で自由に買い物ができる、という点ではないでしょうか。大蔵省の資料でも「ドルショップも開設できる」とあるように、輸入品を(あるいは輸入品を加工して)売る店などはドルショップに変身する可能性は大なのです。たとえば、資料にもあるコーヒーショップ。最近では、オフィス街に行けば150円や180円といった安価な店がシノギを削っていますが、来年あたり「今日のコーヒー価格1ドル60セント」と、為替相場に連動した価格表示を掲げる店が出現するかもしれませんね。ガソリンスタンドもそうです。「本日1リットル=1ドル」の看板を目にするかもしれませんし、マクドナルドあたりも「ビックマックが2ドル!」なんてキャンペーンを始めるかもしれません。

 でも、台風の目はコンビニエンスストア、いわゆるコンビニだといわれています。現在、破竹の勢いで勢力を広げているコンビニですが、最大手のセブンイレブンをはじめ、サンクスやローソンなど、国内のいたる所で店舗を展開し、売上げを飛躍的に伸ばし、かつ、そのサービスの質量とも年々向上しています。たとえば、公共料金の振り込み。電話代や電気代、あるいはガス代など公共料金の決済もいまでは銀行に足を運ばなくても近所のコンビニで可能です。しかも24時間オープンで年中無休店がほとんどですから、銀行よりはるかに利便性が高いのは事実でしょう。最近ではソフトハウスと手を組んで売れ筋ゲーム機のソフトまで扱うなど、いまのコンビニは単なる食品売場の延長ではなく、消費者の嗜好と時代を的確に捉えた、新しい概念のショップに進化中といえば、少々褒めすぎでしょうか。

 さて、そのコンビニ。外為法改正を「儲けのチャンス」と捉えても不思議ではありません。かれらのこれまでのサービス内容の変化の過程からみて、コンビニが外貨の両替や決済を将来的な経営戦略に据えていることは、十分に予想されます。

 流通業界に詳しい業界紙記者にいわせると、セブンイレブンなどのコンビニ各社は外貨の両替などについて、「現在、研究中。前向きに検討している」と一様にコメントしているそうですから、来年あたりコンビニでドルの両替ができたり、ドルで幕の内弁当が買えるかもしれません。こうなると、日本の国だがアメリカだか、わからなくなりますね。




★偽札が横行!?

 日本にいてドルが使えるなんて、結構便利なようですが、そこには落とし穴が待ち構えていることも忘れてはならないのです。ひとつは偽札。とくに、偽米ドル札は要注意といえましょう。なにせ、世界の基軸通貨である米ドルは、世界でもっとも偽札が流通している紙幣でもあるのですから。

 大阪で偽ドル鑑別機を製造するN社の関係者は、「偽ドルが増えるかどうかは、銀行以外にドルの両替や決済ができる店の数いかんでしょう。極端な話、ドルによる買い物がどこででも可能になれば、財布には円とドルの両方が入ることになる。ドルの流通が増えると、当然、偽ドルの流通も増えますよ。じつは、いまでも相当な数の偽ドルが国内でも出回っているのですが、馴れた銀行員でも判別するのは相当難しい」と語っていますから、少人数・効率経営を狙うコンビニで、アルバイト店員が偽札まで見破られるかどうかは疑問のあるところです。

 もうひとつは、円安・金利上昇を招きかねない、という点です。現在の公定歩合は0.5パーセント。普通預金の金利などゼロに等しい水準です。銀行に預けても大した金利にならないので、最近は外国銀行の国内支店が扱う外貨預金や証券会社が販売する外国債券に人気が集まっています。ただし、これらは5パーセント、7パーセントと銀行預金に比べてはるかに金利は高いものの、為替相場の変動リスクを伴い、ちょっと危険な商品でもあります。ただそれは満期になって受け取った外貨を円に両替するときに発生するリスクであり、外為法が改正されて国内でもドル決済が可能なら変動リスクは関係ありません。となると、外貨預金や外国債券を購入する人が増え(つまり円が売られるということ)、為替相場は円安に揺れかねません。円安は輸出業者にとってはメリットですが、その分貿易黒字を招きかねず、日米貿易摩擦の再燃とも限りません。当局は円安是正のために金利を高め誘導するでしょう。なぜならお金というものは、金利の低い所から高い所に流れていくからです。海外に流れ出た円を国内に呼び戻すために、預金金利に連動する公定歩合を上げるでしょう。となると、預金者にとっては預金金利が上がってメリットはありますが、同時に貸出金利も上昇するため、銀行に借金のある企業は金利の支払額が増えて四苦八苦し、長期的には景気の足を引っ張りかねない危険もはらんでいるのです。


★なぜ改正するのか

 「外為法の改正は銀行にとっては大打撃です。外貨の両替は外為公認銀行でしかできませんでした。ということは、手数料を独占できた。が、これが廃止され誰にでもできるとなると、手数料の値引き合戦が始まり、銀行の取り分は減ってしまいます」と苦笑するのは、東北地方に本店を置く某地方銀行の国際部長氏。外為法改正は「銀行にとっても脅威」と訴えます。

 国内でもドルで買い物ができたりと、一見便利に思える今回の法改正ですが、反面、偽ドル札の横行や円安懸念なども指摘されています。では、そんな危険を犯してまで、なぜ改正を急ぐのでしょうか。

 「ズバリ、ビックバンです」と解説するのは、全国紙で金融を担当するK記者。ビックバンとはもともと宇宙物理学の用語で、宇宙が誕生したときの大爆発を意味します。ドッカーン!!と大変革をイメージしているわけです。

 「2001年4月から実施されるビックバンは、従来は規制でがんじがらめだった金融業界が完全に自由化されるということです。銀行や証券、保険の垣根もなくなり、株の売買を頼める銀行が出たり、預金を扱う保険会社も現れてくるわけです。完全自由化とは弱肉強食ということですから、合併などにより強大な銀行が出現する反面、消えていく銀行や証券会社も少なくないでしょう。しかし、脅威なのは外国銀行勢です。国内出店やサービス内容も自由になりますから、国内の銀行より優れたサービスで、日本の客を根こそぎ奪っていくかもしれません。今回の外為法改正は、日本の銀行を自由競争下に置き、来たるべきビックバンのためにトレーニングさせようという大蔵省の意図があるわけなのです」

 外為法改正はビックバンの前哨戦。ドルで買い物ができたりと、それはそれで便利なのですが、反面、銀行をヨーイ・ドンと自由に競争させるため、落ちこぼれてくるものも増えることを意味します。



 来年春から私たちは"大爆発"の前触れを目撃します。その前触れは果たして吉か凶か。来世紀初頭、日本の銀行は一つ残らず消滅し、外国銀行とドルが幅をきかせる世の中になっているかもしれません。そのとき、果たして円は生き残っているのでしょうか。


庄村 有治
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