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目 次 ]      月刊・お好み書き 1997年5月1日号



  バッティングセンター全国制覇へ
… 快打洗心の旅
吉岡 雅史
(大阪府摂津市在住、33歳。170センチ69キロ。
 右投げ右打ち、ただし左の方がスイングは速い)

 会社の先輩・吉岡さんが、とんでもない世界記録を更新中です。無類の野球好きが選んだ過酷な道は、バッティングセンター47都道府県制覇の旅。4月24、25の両日で島根、鳥取に遠征、4月末現在31府県を埋めました。今年中にも不滅の記録は誕生します。快挙か愚挙か…そもそもなぜバッティングセンター通いなのか、書いてもらいました。…純

 96年1月からバッティングセンター全国行脚スタート。97年4月末で31府県到達。秋、冬は主に西日本、春から夏にかけては、大阪より涼しい東日本を巡回する予定です。
 現在、バッティングセンターは日本全国におよそ1200から1300軒あると言われています。業界内組合のたぐいがなく、実際の軒数ははっきりしません。ただ、オリックス・イチロー選手の出現で、バッティングセンターに注目が集まった。(彼が毎日、通っていた)ことから、2年ほど前に『連絡協議会』なるものが発足しました。近い将来、全国規模の連盟へと発展させたい意向とのことです。
 バッティングセンター業界の現状はさておき、僕がギネス級の愚挙を始めるに至ったきっかけは、中学時代の友人にあります。95年冬、コンピューター会社に勤めるM君が「営業部総出で1年かけて、47都道府県の地方自治体に自社製品を売りさばいてきた。全国制覇したんやで」と言うのです。気軽に海外旅行するわりに、日本各地の土地、風習、町並をあまりにも知らないのが自分自身気にもなっていたので「これや」と触発されたわけです。「ならばバット一本で制覇するのもおもろいやんか」と。
 どこにバッティングセンターがあるのか、はたして都合よく47都道府県にちゃんと存在するのか…。結構紆余曲折ありまして、図書館に置いてある全国の職業別電話帳(タウンページ)で調べることができました。電話帳には730軒登録。ちゃんと全国に存在しています。あとは日本地図&時刻表マニアと化すだけで、いざ決行です。

 草野球一筋で、本格的な球歴のない(大学1年の半年だけ体育会の準硬式野球部に在籍した)僕ですが、バッティングセンターなら自分の実力に応じた球速のマシンを選べばいいわけです。実際の試合で実力が段違いの投手が出てきてひねられたりしては、面白くもなんともありません。つまり、極めて消極的な姿勢の上に成り立ったチャレンジなわけです。
 休日前のバッティングセンター通いは93年からです。始めは100スイングほどでゼイゼイ言ってました。毎週1回それを繰り返すうち、100が200になり300、400球とエスカレートしていきました。最高は1日440スイングです。ちょっとした自慢です。
 全国行脚において、この特打で自然と培った体力はとても役立ちました。『各県最低100スイング』そして『極力貧乏旅行で』をモットーとしています。時間とお金を惜しまなければ、こんな企画はもっと簡単です。1球でも数多く打ち、しかも効率良く達成してこそ、値打ちがあるものだと思うからです。
 当初は近いところから、日帰りで始めました。福岡−山口も日帰りです。泊まりがけの第1回遠征は昨年9月、隔週でもらえる連休を利用して、静岡ー山梨ー長野360スイングの旅。今年2月の1泊2日で四国4県総なめも、なかなかの死のロードぶりでした。近場はほとんど征服したため、今後は遠征続きです。暑くなれば2泊3日東北完全平定も計画しています。

 さて、西日本中心にこれまで訪れた中で、印象的だったバッティングセンターを挙げましょう。

◆奈良県奈良市の『奈良バッティングセンター』
 大みそかから元日にかけてオールナイト営業を毎年続けており、とても経営熱心です。ご存じと思いますが、たいていのバッティングセンターではホームランの的が設置されていて、そこに打球が当たると賞品がもらえます。ここでは1本打つたびに写真撮影し、店内に貼ってくれるというサービスぶりです。中には、中学3年間で150アーチというつわものも。その子は今、強豪、智弁学園のエースとして甲子園を目指してるそうです。
◆岐阜県岐阜市の『中日バッティングセンター』
 おそらく日本唯一の守備練習ができるバッティングセンターです。
◆徳島県鳴門市の『ナルト バッティングセンター』
 ここは奥(中堅方向)のネットまで90メートル。日本一広いバッティングセンターです。ちなみに75スイングで4本(上部や左右のネットに邪魔されたのが、もう5本ほど)届きまして、日生や広島市民球場ならスタンドインできる自信がつきました。
◆愛知県豊山町の『空港バッティング』
 イチローとヤクルトの稲葉選手が通ったことで、ちょっとした観光名所に。表示よりスピードが速く、イチローがいつも打ちこんでいた120キロは、とてつもなく速い。130以上出てるでしょう。テレビで、あの田尾安志氏が3球ぐらい空振りしていたほどです。
◆山梨県竜王町の『スタジアム・サーティーワン』
 広島カープ初優勝時の外野手だった深沢修一氏が経営。無料で打撃指導してくれる。延々30分は教えてもらえ、確かに打の速さ、飛距離が見違えたように思えます。なにしろ、元プロが技術論を理解できるまで説明してくれたので、のちのちに大きな道しるべになる。
◆鹿児島県鹿児島市の『メテオ・スーパードーム』
 野球盤を実際に形にしたもの。実戦形式で画面にはランナーは進むし打率、得点もプリントされる。怒涛の1イニング18点は爽快でした。川崎市など各地にもあるとか。ただし、建設費が4億円といわれ、1球10円から20円の商売で採算が合おうはずなく将来性はなさそうです。

 ただボールを打つための施設を渡り歩いているだけですが、アホな趣味も極めれば社会学になる、と思いませんか。打ち込みを縦糸に、横糸となる要素をたくさん探し、より深い野球社会学を織り成すことも、可能であるとは思うのですが…(そんな大袈裟なもんかいな)。
 さて、よく「なぜそこまで…」と問われます。社会学なんて偶然の産物かもしれません。ただ、スイングを重ねるごとに実感してきたのが、いい打球を放てばとても気分がいい、ということです。長嶋造語ではそれをT快打洗心Uと言い、直筆サインは僕の宝物でもあります。長嶋茂雄に魅せられ、おそらく野球にその大部分を捧げるであろう自分のこれからの人生を考えると、快打洗心の精神を追い求め、少しでも背番号3に近付こうとすることこそ、僕の天命だと確信しています。
 なにせ30歳を過ぎてから、打撃技術は向上していくばかり。10代で鍛えてないから、と言われればそれまでですが、こんな存在もまた、貴重でいいものでしょう。それが僕なりの野球界への貢献でもあるのです。

 今年中に夢は達成できるでしょう。メークドラマの完結は、長嶋さんが生まれ育った千葉県佐倉市にあるバッティングセンター(これがまた都合良くあったんですわ)と決めています。








福場さんおおきに
 
楊井 敬子(大阪市、28歳)

(4月号のお好みカウンター席の『ある精神障害者からの手紙』を絶賛する便りが届きました)

 大阪弁で「凄い」云うのは嫌な時に使うのや、いうのを先日知りましたが、こういう時、そやけど、どう云うたらエエのか−。
 「お好みカウンター席」がなかったら私は縁切ってました。やっぱ波長が合うもんは大事にしな思うてね。ハイ。この人に引き続き書いて欲しいです。原稿用紙一枚、一本勝負という感じで。生きざまみせて下さい。久しぶりに真剣に誠実に感じられる文章、読ませて頂きました。おおきに有難うございます。




 自らの病気を巡って赤裸々に綴った『−手紙』には大きな反響がありました。「ポール・セイヤーの『狂気のやすらぎ』ていう小説みたい」と評したのは僕の友人。僕は、残念ながらその小説を知りませんが、体はボロボロに蝕まれていき、しゃべったりはできないのに、頭はどんどん研ぎ澄まされていく、というのが『−手紙』の福場さんのようだというのです。楊井さんからは、福場さんのコーナーをぜひ連載にとお願い、健康状態さえ許せば、僕もお願いしたいです。…純

月刊・お好み書き 先月号の記事にリンクします
お好みカウンター席『ある精神障害者からの手紙』

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